第44号
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自 立

平 等

平 和
まこちえれこっちゃ
発    行
宮崎福祉のまちづくり協議会
 〒880-0024
 宮崎市祇園1丁目50番地  
 宮崎市心身障害者福祉会館 (1F)
      CADセンター内
   TEL・FAX (0985)31−6441
発行日:平成10年10月1日


第2回 12時間耐久車いす体験会報告


 平成10年8月8日(土)、第2回12時間耐久車いす体験会を実施した。高校生を含む学生や社会人等、計23名(11班)で、猛暑の中思い思いの体験をしたようである。
 以下、参加者の感想を紹介したい。(体験会の趣旨・内容は、ほぼ前回通りなので割愛させていただく)

◇◇◇◇◇◇          ◇◇◇◇◇          ◇◇◇◇◇

体験者の感想

(F班:体験者) 福 園   愛 

 車イス体験の前日は、いろんな不安が頭をよぎり、寝たのか寝ないのかの状況で朝を迎えました。不安の中、いろんな説明があり、いよいよ出発です。今回の車イス体験は、日頃福祉フェスティバルであるような、ちょっとした体験ではなく、朝10時から夕方6時までず〜っと乗っておかなくてはなりません。私は、ずっと乗った事もなければ、体験したことすらありませんでした。
 出発といっても、社会福祉センターからバスに乗り橘通りまで行きます。そのバスの乗り降りに、私はどうすればいいのか頭の中は真っ白でしたが、足を使ってはいけないのが条件なので、まずは、口で言ってみることにしました。すると、バスに乗ってた乗客の人達が、加勢してくださって、すごくありがたい気持ちで一杯でした。一番私はここで驚いた事は、バスの運転手さんが、わざわざ来てくれて手伝ってくれた事でした。
 街で歩いていて、ふと感じたことは、人の目も気になりましたが、何より、いつも普通に歩いていて感じない、バリアフリーに歩道がなっていて、車イスでも思ったより、スムーズに行けた事にうれしさを感じました。
 今回この体験を通して、見えない所でいろんな工夫がされて住みやすい街になってきていることも、身をもって感じました。何よりも一番感動した事は、車イスが私の足になり障害者の気持ちを少しでも感じた事でした。
 私は将来、看護の道に進みたいと考えていますが、この体験はきっと私の中の貴重な支えになると思います。何か壁にぶちあたっても、この事を活かして、がんばっていきたいです。この体験に、参加させていただき、ありがとうございました。



(C班:随行者) 福 元 康 亮 

 前回は体験者として参加しましたが、今回は随行者(カメラマン)として毎日新聞社の山崎さん(体験者)、MRTラジオの出水さんと3人で市内を回りました。コース中の詳細については、8月26日(水)付の毎日新聞を読んでいただければ理解していただけると思いますので、体験中自分が感じたことを述べたいと思います。
 一日を車いすの方と行動を共にして改めて感じたことは、障害者(車いす)に対する意識が、宮崎では数年前と変わったのではないかということです。体験中、人の視線が気になることも全くなく、また何かお願いしてもしなくても、皆さんが親切に気持ちよく手を貸してくれました。これは、宮崎では障害者が街に出たり、ボランティア活動などを通して障害者と接する機会が多いためではないでしょうか。私の故郷指宿市では、街中で障害者を見かけることはなく、またあまり聞いたこともありません。ですから、宮崎では誰か近くにいれば何とかなるような気がしました。
 しかし、やはり人に何かを頼むというのは勇気がいることであり、そう何度も、どこででもできるものではありません。また、どこまでお願いできるのか、説明して理解して貰えるかといった不安もあります。バリアフリーであれば、これらのことが全く問題にならずに、障害者がもっと楽しく街に出てこれると思いました。
 バリアフリーと一口に言っても、どの範囲まで徹底すればよいか、全てに必要なのかを判断するのは難しいことであり、また問題点も出てくると思われます。ユニバーサルデザインとなるのが一番良いとは思いますが、地形的・経済的に限界もあるでしょうし、観光地ならではの景観といった条件も無視できません。私なりに日頃宮崎の街を観察していますが、現時点で効率の良いものはほとんどないと思います。
 きっと多くの方が考え福祉面が充実するよう努力されているのでしょうが、もっと当事者の意見が採り入れられたとはっきり分かるようなバリアフリーを進め、さらにはそこから障害者・高齢者等が特別視されることない、ユニバーサルデザインに結びつくようになってほしいと思います。



障害者駐車場の利用状況     
          実態調査について

 前号でも掲載した「障害者駐車場の利用状況実態調査」ですが、去る7月11日(土)に第4回を無事終えることができました。調査カ所が市内に点在していることと、調査前後の説明に要する時間を加えるとほぼ一日がかりだということで、協力していただいた方には負担も大きかったことと思います。しかし、問題解決にはまず現状を把握することから始めなくてはなりません。果たして一部の駐車場だけが悪条件下にあるのか、或いは一部のモラルなき人々によってバリアが生じているだけなのか、調査結果から分析を試みました。
 以下、報告書の「ハード面からみた結果」から障害物についての分析結果を一部抜粋してお知らせします。


障害物について

 「障害物」= パイロン・工事用防護柵・ポール類、商品の陳列等、駐車を妨害するもの全て
棒グラフ:一般者の利用率
・障害物 「有る」=17カ所/104カ所(16%)
  (パイロン:12%,工事用防護柵:4%)
  うち、一般者の利用率 午前(41%)
                 午後(59%)
                 夕方(35%)
               一日平均(45%)

・障害物 「ない」=87カ所/104カ所(84%)
  うち、一般者の利用率 午前(44%)
                 午後(60%)
                 夕方(47%)
               一日平均(50%)

 (考 察) 
 障害物が「有る」と「ない」の対比では、調査日や場所(業種別)、或いは時間帯によって「有る」の方が「一般者」の利用率が高い場合もあったが、平均値では大差なかった。しかし、「空車」を除くと午前(70%)・午後(83%)・夕方(55%)・一日平均(70%)と「一般者」の利用率が非常に高いことが分かった。つまり、事業所側が苦慮しての対策も殆ど効果がないということである。
 パイロンや工事用防護柵、ポール類などの障害物は「一般者」には容易に動かせるものだが、「車いす使用者」は乗降に時間・体力ともに大きな負担がかかるため、単独での利用が困難になる。特に工事用防護柵は重みがあり動かしにくく、気楽に利用できない状況では拒絶されたように感じることもあるだろう。事務所等に尋ねていくと、決まって「連絡してもらえば職員が退かしておきます」との回答だが、付近に連絡先の案内表示を設置した施設はなく、福祉的に後退したと解釈されるのではなかろうか。


データの集計方法について
 施設単位で集計したデータで、「空き」施設を含む全施設に対する「一般者」の利用率を分析した。「障害物」に関しては調査毎に若干増減があるものの、いずれも26カ所を4回調査したところから、総数の104カ所に対する割合で分析した。



繁華街交流会に初めて参加して

宮 尾 勝 巳 

 仕事が終わり、坂元さんと一緒に街まで出ました。坂元さんは一旦家に帰ると言っていたので、私は途中で降ろしてもらいました。車を降り中央田中で時間つぶしをしました。買いたい本があったけれど、荷物になるので買わずに本屋を出ました。集合場所がアゲイン1階7時集合と聞いていたので、その時間には行こうと街をフラフラしていると、見たこともない路地や飲み屋のたくさん並ぶ所に入り込んでしまいました。あれ、ここはどこかなぁ? と思って、とにかく220号線に行こうと思い歩き続けました。一時すると大通りに出てきました。私が迷いかけた所は宮崎唯一の飲屋街、西橘かも! まっいっか、とにかくアゲインへ行こうと思い急いで行きました。でも、アゲインは、私の目の前で急ぐ事もありませんでした。私がアゲインの近くに行ったときは河野(哲)さんと阿萬さんが話をしていました。私も時間までそこにいました。
 集合時間前になりアゲインに行きました。アゲインには皆さんそろっていてすぐにでも始められる状態でした。さあ、皆さん席について乾杯ですっと言いたいところですが、ハプニングが発生しました。席が足りません。仕方なく別の席を確保しその席で3〜4人の人が座りいよいよ乾杯、坂元さんの音頭とりで乾杯  ! 乾杯後すぐに中村さんが「おかず取って来てもらいな」と言ってくれたけれど「自分で取って来ます」っと断ってしまいました。おかずを1回目取って来て最初の席で食べ、2回目取りに行き戻ってきたら席が無くなっていました。おかしいなー私の席・・・・? まっいっか別の席行こうーっと思い坂元さの近くが空いていたのでそこに座ることにしました。近くには福元さんや阿萬さん他たくさんの方がいました。私が近くに行くと福元さんが「写真を取ってあげる顔のアップを」カメラでアップ! 無理でしょう。私は思いました。福元さんは、もう酔いがだいぶきている。私を取ってもらったあとは福元さんを取ってやろうと思って「今度は私が取ってあげる」っと言ったら「僕はいいわぁ」と断ってきました。私は福元さんの赤い顔が写真に残した方なぁと思いました。
 また席を立ち別の席に行くことにしました。次に私が行こうとした席は3〜4人ばかりの席でした。でも座るとこがなくて、次に行ったのが異性ばかりの中でした。座ってすぐに、1次会お開きと言われました。
 次は2次会、カラオケ、私の好きなカラオケでした。私は、真利恵ちゃんと川島さんとカラオケBoxまで歩きで行きました。カラオケBoxは二部屋に別れて入りました。最初は一部屋にずっと入り浸って歌っていました。途中に川島さんが「ほら、こうやって曲に乗せて踊れば?」と言われました。私は車椅子の方がいるからなぁと少し迷いましたが、川島さんの「ほら、ほらほら!!」に負け立って踊ることにしました。そしてカラオケも後半、時計は11時を回っていました。後半は二部屋を行き来するようになりました。ずっと歌っていると帰る時間がやってきました。みんな宮崎市内の人達ばかりでした。最初は、カラオケBoxで解散が、どういう訳か橘通りまでゾロゾロと1〜2q・・・・、そこで解散しました。皆さんが帰ったあとに3〜4人で私の迎えが来るのを待っていてくれました。そして私は車に乗り家路へ・・・・。


繁華街交流会とは・・・・
 平たく言えば、会員の親睦と身近な街の中にバリアフリーを浸透すべく企画する「飲ンかた」のこと。
 街中には、無造作に置かれた看板や自転車、商品陳列棚など足下の不安定な障害者や高齢者にはバリアが至るところにある。ましてや夜の繁華街ともなると、入り口の段差や階段、更にはトイレの問題などで入ることすらできない店が数多くある。
 そんな現状を打破するため、障害者自ら夜の繁華街をうろつき、“行きつけ(=車いすでも入れる)”の店を1軒でも増やし、気軽に飲みに出かけられる環境を築こうという意外と地道な活動である。


第13回 まちづくりキャンプ開催

  
三 角 義 弘   

 8月29・30日に、毎年恒例のまちづくりキャンプを白浜オートキャンプ場で行いました。当日は、曇り空で台風の為海上の波も高いといったあいにくの天気でしたが、会員その他、F君の妹、飛び込みなど30人程の参加者がありました。
 初日は、夜に備えて大量のアルコールや肉を買ってきた買い出し班と現地合流の後、砂浜へ釣りに出かけました。砂浜では、車イス障害者をみんなで抱えて移動したのですが、これは大変と思ったと同時に、堤防に行けば良かったと思いました。ちなみに釣り果は、愛甲さんの小魚1匹だけでした。そして、夕食の焼き肉、その後「ぐるぐる」という名の、実は罰ゲームとして翌日の朝食担当を選ぶプレゼント交換をしました。その後は、ケビンに入り、土肥会長の退院祝い、宮尾君・平田さんの20歳誕生祝いをし、エンドレスな飲み会に突入しました。深夜の部は、若者14・15名の中に一部年配の方も入っていました。川島さんの強力なリードの元、いつしか一人ずついなくなり、気が付くと朝4時頃には5人程になっていました。
 2日目は、二日酔いの人、ケビンに寝ていたのになぜか背中が草だらけの人などいる中コック長の小川君が作った朝食を食べ、みんなでこれからのまちづくりの発展を願い、お開きとなりました。
 今回は、会員以外の人が多かったのですが、楽しい2日間を過ごせました。皆さんも参加してみませんか。



夏 の 思 い 出

河 野 哲 弥   

「暑い・・・」 ここは白浜オートキャンプ場のコテージ前  
 僕、河野哲弥は第13回まちづくりキャンプで白浜オートキャンプ場に来ている。で、キャンプ場のコテージ前で何をやっているのかというと、ビールを飲みながらタバコを吸ってくつろいでいるのである。時計を見るとおやつの時間を指している。「みんなと海に行けばよかった・・・・」、自分は内気な性格だし、あまり海ではしゃぐのは好まなかった。それ故、留守番していて夕食の準備でもしていようと考えていた。だが残って留守番していて気付いた事は、もうすでに他の人達がサッサと殆どの準備を終わらせて、自分の仕事が残っていない事だった。する事がなくなってしまったので、他の人のジャマにならないように、ボーッとする事になってしまったわけだ。今の心境をたとえて言うなら、<宝くじを100万円分買って100円当たった>気分である。「このままじゃ、せっかくのキャンプがつまらない思い出になってしまう」。むろんつまらないキャンプにしてしまってはいけない。夜の食事の時に何かしなくては・・・・。
 夜の食事は、日が沈みかける薄暗い空の下で始まった。
 「とりあえず肉を焼くか・・・・」手当たりしだい肉を焼いた。「野菜も足りんな・・・」野菜もたくさん焼いた。が、焼いた量に比べ消費量は少ない。「なぜ、こんなおいしそうな肉が減らないんだ。あぁ、僕の愛のこもった肉と野菜は受け入れられないのか?」というか、焼きすぎである。何事もせっかちはいけないな  。その後はキャンプに参加した方々とちびちびと酒を飲みながら楽しんだ。さて、宴もたけなわになった午後9時頃、プレゼント交換が始まった。「僕の用意したプレゼントはミニカー。誰に当たるかな  ? おっと、僕にまわってきたプレゼントは何かな・・・・。おっ、なかなかおしゃれな小物だぁ」とりあえず、わけの分からないものとか自分のプレゼントじゃなかったので安心していた。だが、喜んでいたのも束の間、次の瞬間恐怖が僕を襲った。「7番の人、明朝の食事をお願いしま〜す。」「聞いてないよぉー。僕じゃん!!」がっくし!!。僕の他にも2名、クジ運の悪い方がめでたく次の日の朝食当番となったとさ。
 食事の後は、もう次から次に粗相の嵐。やけ飲み  酔っぱらい  ダウンしたあげくベッドまでかつぎ込まれ、朝起きたら二日酔い。その状態でご飯を炊き、失敗して多くの人に迷惑をかける。結局、このキャンプで自分のいいところは一つもなかった・・・・。「何やってるんだ、僕は・・・・」と、まぁ自分の目を覆いたくなるようなさんざんなキャンプにしてしまいました。まちづくりの方々及び参加された方々に本当にすまないと思っています。そして、感謝もしています。自分をこのような楽しいキャンプに誘ってくださってありがとうございました。また来年も僕を誘ってください。今度はきっと、暴れないよう努めますから・・・・。


hensyukoki 10月5日(月)は中秋の名月です。お月見をするもよし、ロマンチックに愛を語るもよし、普段見ない空を眺めてみてはどうですか?
 何かいいこと起きるかも・・・・。     (7人のこびと


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